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後夜 女一の宮と浮舟

2009年01月05日 01:32

今日はなんだかあーちゃん演じる女一の宮に共感してしまって
なんだか切なかったので。

このひともだけどこの血縁の人たちってば弱いよね。
だからこそ人が惹かれるのかもしれませんけども。

対して浮舟は強い。
だからこそ皆が彼女に縋ったのでしょうけども。
女一の宮は少女の姿を伴って出てくることが多い。

あの日。3人のトラウマの日。
彼女は光る君に紫の上と間違えられて縋りつかれる。

その恐怖はどれほどのものだったろう。
まだあどけない小さな少女が大きなおじいさまに恋う相手として縋りつかれるなんて
考えただけで鳥肌が立つほど恐ろしいんですけど。

それにしても大野君は作品中よく子供を酷い目に合わせるおね。(月の燈影とか睡れる月とか)
ちょっと反省してほしいもんです。


この時、人を恋うることの恐ろしさを体験として知ってしまった女一の宮が受けたトラウマが
一番大きかったんではなかろうか。
手をつかんで引きずり込まれた薫の比じゃないと思う。

恋が愛がこんなに恐ろしいものなのだったら
私は一生そんなものとは関わらずに生きていきたい。

そう心に決めたんだと思う。

だから薫が自分を慕っていることや匂宮の気持ちも知ったとき
自分が絶対的に他者とは違っているのだということを思い知ったんだと思う。
罪を恐れつつもやはり人を恋する気持ちを持っていた弟二人とは違って
絶対に他者とは交わらない自分。絶対的な孤独の淵に彼女もまたいた。

でも彼女はそれを甘んじて受けた。それが宮中で生きることなのだと知ったから。
不変を誓った彼女はいつまでたっても少女時代の彼女のまま。
だから女一の宮が少女の自分を解放することはない。

あの宇治での顛末の後。
「後夜」を歌った後、転んでしまった少女の女一の宮は浮舟に助け起こされる。

脆弱で罪を恐れ少女のまま立ち止まっていた女一の宮に対し
浮舟は罪を犯した。
けれど言いかえればそれだけ勇敢に生きたとも言えるんじゃないか。

それは雛に育った故の蛮勇かもしれない。
望むと望まないとによらず流されただけのことだったかもしれない。
でも罪に汚されたといえど彼女は生きている。
そこで終わりじゃないんだ。

浮舟は形代として薫のもとで生きることをよしとしなかった。
それは傀儡として心を殺して生きることだから。
死は最も選ぶべきでない罪の道だったかもしれないけど
彼女はそれを選び、さらには生き残った。
もちろん死を選ぶことを賛美してはいません。
彼女はどうにかして生きたかったのだと思う。
そのもがきがあの時代性から入水という結果を生んだんだと思う。

「行きましょう」と供の者を促す浮舟に
なんという生命力だろうととても眩しく感じた。

助けられた少女の女一の宮はにっこり微笑んで去っていく。
まるでありがとうと言うように。

浮舟という存在はもしかしたら女一の宮をも救ったのかもしれない。
宮中でさえなければあのように生きていくこともできたかもしれないという希望として。
罪を犯してもなお美しく強く生きていくことが可能だという女の人生の一例として。

もちろん原作では知るはずのない相手でしたけど。


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