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大野君作品と源氏物語について

2008年12月12日 21:07

ただいまです。
久々に書く気満々ですが書けるかどうか自信ありません。
生暖かい感じでどうぞ。

えっと大野君作品の頭の悪そうな分析と
原作源氏物語(宇治十帖)と夢の浮橋について
気になったこととか。

盛大にネタばれなので嫌な人は気をつけろ!


大野君が宇治をやると聞いた時、必ず暴力が出てくると思ってた。
大野君の作品って
志半ばに
なんらかの権力闘争に巻き込まれて
命を絶たれる。
力なき者の悲しい運命。

そういうイメージですよね。
ってイメージなんて言うのもちょっと無責任かなと思ったけど
分析して面白いのかどうかわかんないけどやってみる。

とりあえず大野作品を挙げてみよう。

1.エピファニー 1999年 星組 彩輝直主演 バウ作品(デビュー作)
2.更に狂はじ 2000年 月組 霧矢大夢・大和悠河主演 バウ作品
3.月の燈影 2002年 花組 彩吹真央・蘭寿とむ主演 バウ作品
4.花のいそぎ 2004年 星組 真飛聖主演 バウ作品
5.睡れる月 2005年 雪組 朝海ひかる主演 DC作品
6.フェット・アンぺリアル 2006年 星組 立樹遥主演 バウ作品

7.ヘイズ・コード 2006年 星組 安蘭けい主演 DC作品
8.NEVER SLEEP 2007年 宙組 蘭寿とむ主演 バウ作品
9.夢の浮橋 2008年 月組 瀬奈じゅん主演 大劇場作品



コレ見た方がそれぞれどんな話か浮かばない場合
挙げた意味が全くないんだけどそれは無視。
数字大嫌いだけど数字で整理してみます。

まず暴力登場率は100%ですが
となると他の演出家(キムシン谷など)さんも分析しなきゃいけなそうだからそっとしておく。(え)

悲劇率66.7%(6/9)
主演又はヒロイン死亡率44.4%(5/9)
権力闘争率88.9%(8/9)exp.1

「花のいそぎ」は死亡はしてないけれど記憶を消されてしまったので悲劇に換算。

なかでも和物はさらに悲劇率が高いです。
作品中の和物率66.7%(6/9)
     内
       悲劇率83.3%(5/6)
       主演又はヒロイン死亡率66.7%(4/6)
       権力闘争率100%(6/6)

めんどくさいので入れてないですけど演出だけ担当した「飛鳥夕映え」を入れたら
悲劇&主人公死亡率がさらにアップします。

ここまで王道のワンパターンを貫いていながら
(そしてその勢力闘争の設定がぐだぐだなことも多いのに)
大野君作品は嫌いじゃないという以上にめろめろに嵌ってしまうのは
設定に文学的、歴史的矛盾は山盛りあったとしてても
描かれている登場人物のキャラクターや心の軌跡への
書き込みが深く無理がないからだと思う。
正塚論法ですかね。

しかし宇治十帖の舞台は平安時代。
暴力とは無縁な雅な世界を描く上でどうするんかと思いましたが
やはり暴力(殺陣)は漏れなくついてきた。予想通り。

失踪した浮舟を武装した貴族が追いかけ
主人公である匂宮自身が刃に自分をさらす。

そんなガッツのある男は平安時代にいたのかしら。
私の情報源なんてマンガが圧倒的に多いのですけど
『陰陽師』の源博雅君は例外として
身分が高いほどよよと泣いたりなじったり気を失ったりしそうな気がします。(イメージ)
あ、入水と聞いてぶっ倒れそうな薫君は正しく平安貴族でした(笑)

とにかく源氏物語を舞台に上げるには越えなければいけないハードルが多い。
原作や史実通りにやると動きが全くない舞台になってしまう。
当時の恋愛や結婚の常識では観客に共感を与えられない可能性も大きい。

実際顔も見ないで恋愛ができると思えないもの。
顔を見て会話を交わして微笑み合って。
そしていつの間にか生まれる恋心。相手を乞う心。
そんな恋愛の過程は原作や史実無視で想像の翼を広げ創作していくしかない。

原作において心情的には盛り上がりがあってもやはり舞台は事件がおきなければ動かない。
大人数をその事件にかかわらせなければ独白だけで事足りてしまう。

だからこそ創作の面白さがあるわけで、
「夢の浮橋」は源氏物語の宇治十帖に出てくる人物や設定を借りた二次創作
なるべくしてなったと思ってる。

というのはわかってる。
わかってるんだけど…
これだけは言いたい。

aiaiのここがヘンだよ夢の浮橋

・浮舟の認知問題
物語では浮舟と匂宮の仲を裂くべく薫が源氏一族を利用しますが、
原作では浮舟は八の宮に認知されておらず身分が低いため
その理由づけ(六の君より身分が上)で源氏が介入してくることはありえない。
大野君の超展開です。飛び道具です。

初日にプログラム買って読んでここで工エエェェ(´д`)ェェエエ工となったのは
私だけじゃあるまい。(その前に薫の行動にどんびきというのも)(それはおいといて)

プログラムにある縄野さんという方の解説を読むとよくわかるのですが
今回出てこなかった匂宮の妻である宇治中の君(大君の妹。紅梅の中の君と区別)であれば
そういう理由づけは成り立つのかもなーと思います。
実際原作でも六の君と中の君の間での綱引きは出てきますし。

(出てこない人のことはどうでもいいですが
その場合中の君の後見をしているのは薫なので
利害関係がある源氏(夕霧)と協力するっていうのはまた、やっぱりありえないんですが
大君に義理立てして中の君の幸せを願う原作とは違い、
薫の目的は匂宮と浮舟(中の君)の仲を裂くことなのでこれも無視していいはず。)

ということで結論としては物語中、
1.浮舟は認知されていたことになっている
2.「浮舟惜しさの大ウソ」で薫が皆さんを振り回している
のどっちかかなと思っています。

原作では浮舟の身分の低さが
薫の大君には決してしなかった扱いや、
宇治に囲うことで匂宮に奪われるという結果を生み出す大きなポイントになっていたと思ったので
個人的にものすごくひっかかったんですが
この作品が描きたいのはそういうことじゃないからいいんだよね。
うん。

・薫の母である女三の宮と柏木の関係
匂宮との関係を知った後の薫の怒涛の歌展開で
それまで(物語前半分~2/3ぐらい)明かされなかった
薫のトラウマや心情が表現されるのですが、
そこでの女三の宮のイメージが
私がもっていたものと全く違っていてすんなり入っていけませんでした。

彼女が柏木を愛していたというのが原点になっているんですが、
しかし私には「亡き柏木の話をきいただけで人形のような顔に生気が宿る」ほどに
女三の宮が柏木を愛していたとはとても思えないんです。
なんなんだろうこのバイアス。あさきゆめみしの影響?

源氏物語をちゃんと読みなおしてみないと
私のこの勝手な先入観が間違っているのか、大野君の想像力のたまものなのか
わからないんですけども。

もちろんそれは
女三の宮と柏木の不義の子である自分は
二人の「愛」という名の「罪」の子供であるという薫の勝手な思い込みだったかもしれません。
と、言うより
まず大野君の中に愛=罪というテーマがあり、
それを元に作品を再構成していったと考えるのが妥当なんでしょうね。

ま、ここまで書いておきながら
ぶっちゃけて言うとどうでもいいことばかりですね。

単に自分の中で整理したかっただけですね

それにしても大野君は宇治十帖という難題をさらに主人公を薫から匂宮に見事に変えて
物語として成り立たせたのはすごいと思う。

だから「勅は天皇が出すもので東宮にすらなってない人には出せないYO!」とか
「匂宮がいなくなってもまだみりお(五の宮)がいるんじゃ…?」
とかいうつっこみは、なしにしておこうと思う。
あでもそうなると四の宮である更衣腹の良基天音さんがまさかの東宮就任?


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